イノベーションのジレンマ 増補改訂版

SEshop.com/商品詳細:イノベーションのジレンマ 増補改訂版
2005/12/16 記
 なぜ、ビジネス誌で絶賛されるような、本当に優れた企業が、ある日突然つまずいてしまうのか。それも倒産という結末を迎えるほどに。過信があったわけでも、顧客の声に耳を傾けなかったわけでも、自らの製品を向上させなかった訳でもない。利益を出し、成長を続けていた企業が、けれど突如としてマーケットリーダーから追い落とされてしまう、その理由は一体なんなのか?

 本書では、その現象を『イノベーションのジレンマ』と表現し、解説を行っている。

 本書では、解りやすい例としてハードディスク業界を上げている。競争が厳しく、入れ替わりも激しいその業界において、技術革新によるサイズ辺りのコスト削減は必須、且つ、強い顧客からのニーズが合った。しかし、容量の面で確実に勝っていた14インチHDDはやがて8インチHDDに取って代わられ、さらにまた5インチ、3.5インチと入れ替わっている。そして、その間に数多くの優良企業が消えていった。

 消えていった企業達は決して無能だったわけではない。それどころかサイズ辺りのコストを下げる手腕においては、トップを走る企業ほど優れていた。研究に費やすだけの資本があり、また、顧客のニーズもそれに沿っていた。開発されれは売れ、そしてまた開発される。本書ではそれを『持続的革新』と表現し、優良大企業であればあるほどこれを完璧にこなしていた事を解説している。いや、むしろ製品の改良を持続的にできるからこそ優良企業なのだ。

 けれど、そこに容量でもサイズ辺りのコストでも圧倒的に劣るサイズの小さいHDDが出てきた。小さなベンチャー企業から発表されたそれは、最初取るに足らない存在であったが、しかしコンピュータの小型化というニーズにマッチ(汎用機からミニコンへ、等)し、下位市場をあっというまに席巻してしまった。やがてそのサイズの小さいHDDが改良を重ねて上位市場のニーズ(容量)に答えられるようになってくると、その市場もまた、あっと言う間に浸食されてしまう。サイズの小さいHDDの方が安く、壊れにくかったためだ。

 やがて自らの市場を奪われた優良企業はつぶれていった。サイズの小さいHDDという製品を作りもしたが、それが売れることはなかったからだ。本書ではこれを『破壊的革新』と呼び、区別している。しかし、なぜ優良企業は『破壊的革新』に対応できなかったのだろうか?

 その答えは市場成長率と資源配布の法則にある、と本書では語られる。まず、破壊的革新が売れるのは下位の市場だ。規模が小さく、また、製品ができたばかりの状態では市場そのものが不明確な場合が多い。成長を続けなければならない企業にとって、規模の小さい市場は魅力に乏しい。100億の売り上げを持っている企業にとって、生まれたばかりの2000万規模の市場ではうまみが無いのだ。しかし、できたばかりのベンチャー企業にとっては魅力的な市場だろう。

 そして資源配布の法則。企業が優良であればあるほど、まずは顧客の声に耳を傾けるだろう。どんなニーズを持っているのか。どんな方向性を求めているのか。それを調査し、分析し、製品に繁栄する。当たり前の企業活動だ。しかしその反面、新たな市場には対応できない。顧客がいるかどうかすら解らない、分析できない市場に大企業はコストを割かないのだ。なぜなら、そのように活動しても社員が評価されることはなく、だからこそ不明確な市場に企業資源が使われることがないからだ。優良企業とは特定の市場に最適化されているものであり、むしろそうでなければ優良企業とは呼べないのだ。

 そうして『イノベーションのジレンマ』が起こる土壌を説明しつつ、さらにそれが掘削機、鉄鋼でも起きたことを説明する。『イノベーションのジレンマ』は、なにもハイテク業界だけの問題ではない。普遍的な問題なのだ。

 この本を読む前に『キャズム』を読んでいた僕にとって、この内容は驚きに満ちていた。なぜ大企業が追い落とされるのか。なぜ次々にベンチャー企業が誕生するのか。そして、あまつさえ成功しているのか。この二冊の本を読み終えて、ベンチャー企業がキャズムを超え、市場を席巻するまでの道のりが目の前に見えたような気がして、ものすごく面白く感じる。ベンチャー企業にいる意味を初めて理論的に裏打ちできる、そんな気分だ。

 そんな状態になるのかどうかはまだ解らないが、しかし少なくもと本書はその道しるべにはなってくれる。ビジネスに関わるあらゆる人にオススメできる一冊だ。そしてできれば『キャズム』と一緒に読んでもらえれば、より、深い洞察を得ることができるだろう。その知的興奮は、得難く、楽しく、そしてきっと役立つ。
Back