熊とワルツを

日経BP書店 書籍紹介-熊とワルツを(ISBN 4822281868)
2004/04/26 記
 なんだかメルヘン世界のように響く不思議なタイトルは、けれどもソフトウェア業界の現実をうまく皮肉っている。ここで言う熊は、決してディズニー的熊などではない。本物の、猛獣の熊だ。何の準備もせずに、闇雲に戦っても、(あとがきにあるように)頭から喰われてしまうだけだ。そして、本書では、そんな恐ろしい熊とうまくつきあう方法──つまり、熊とワルツを踊る方法──を、書きつづっている。それはもちろん、簡単なことではない。けれども、不可能ではないのだ。

 まず最初に、熊を正しく見ること、が解説される。熊とはリスクだ。どんな種類のプロジェクトにも、リスクは数多く存在する。そのこと自体は誰もが知っている。だが、そのリスクを正しく見ているだろうか?

 もちろん、積極的な手を全くうたない現場ですら、すべてのリスクが現実になるわけではない。それは誰かの地道な努力の結果かもしれないし、単に運が良かっただけかもしれない。けれども、いくつかのリスクは現実に起こりえるし、そして、往々にして、現実になってしまうと手に負えないリスクが現実となる。幸運を期待しても、リスクには対応できないのだ。けれども、ソフトウェアプロジェクトの現場で、幸運だけを頼りにプロジェクト運営される事の、なんと多いことか。

 リスクを正しく見る、ということはそういうことだ。それが起こりえるのなら、きちんとリスクリストに書き加える、ということだ。幸運に頼ったり、そんなことは起こりえないと思いこんだり、思いこもうとしたりせずに、リスクはリスクとして、リストアップし、その兆候を監視し、そして、定期的にリスクが増減していないかを確認する。

 リスクリストを作る目的は、プロジェクトを成功させる事だ。成功を阻害する要因を探り、それらに対処するためだ。その作業は、間違いなく運営と呼ばれるものの一部なのだ。だから、もし、いま関わっているプロジェクトにリスクリストが存在しない場合、それは手を抜いたプロジェクト運営がなされている、という事だ。それは本当にまずい兆候で、おそらくそのプロジェクトは失敗すると予想される。特に中規模のプロジェクトは要注意だ。もし、それでもプロジェクトが成功したのであれば、それはきっと神様がケツに奇跡をつっこんでくれたからだろう。神様と自分のケツに感謝した方が良い。

 次に、リスクリストを使って、プロジェクトのシミュレーションを行う。そして、そのためのツールが提示されている。シミュレーションを行うと、リスクの恐ろしさがよくわかる。リスク管理が行われず、幸運にも恵まれなかったときの、その損失の大きさを。リスク管理を行えば、確かにコストがかかり、その分、費用がかかってしまう。けれども、その損失の大きさを知れば、どうするべきか、見えてくるはずだ。

 やがて話はリスク管理から離れ、更に上位のプロジェクト管理方法について言及しはじめる。リスク管理を納得させるために、何が必要なのか、その効果を知るために、何をしなければならないのか。
 それは、効果、プロジェクトによって作られたシステムの効果である。それをはっきりさせるための理由として、費用を上げている。費用は事細かく、それこそ1円単位で管理されるのにもかかわらず、その費用をかけた効果は、あまりに曖昧にされすぎている。1000万円かけたシステムの効果の説明が、『スゲー快適になりました』ですまされている。

 確かに効果を数値化するのは難しい。効率が上がった、競争力が増した、利便性が格段に上がった。それだけでもソフトウェアを作る意味はあるが、費用の説明にはほど遠い。繰り返すが、確かに効果を説明するのは難しい。けれども、それは当然のことなんだ。プロジェクトを企画する、ということは、難しい仕事なんだ。けれども、難しいから、という理由で中途半端な事をして良いというわけではない。費用と同じ精度で、効果を定義するのは、プロジェクト運営で必要なことなのだから。


 にしても、こういった本を読みあさっていると、現場で使われている方言が気になってしょうがない。その不思議に響く方言の意味するところは、本当に正しく相手に伝わっているのか?
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