My Merry May

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Dreamcast版
2003/08/11 記
 KIDなので、やっぱりオープニング順に攻略。約30時間でコンプ。
 まずはシステム。ここから言わなければ始まらない。ほぼ完璧な完成度で、さらに派手な演出システムが追加されている、というKIDとしてはかなり特異な仕上がり。とは言ってもKIDシステムの特徴(個人的感想)である『データ再生機能としてのシステム』の上に構築されているものであり、これ以上快適なシステムはまだお目にかかった事がない。一つ残念な点を上げるとすると、ショートカットや、データロード時のUIだけ、片手で操作が完結していない事だ。その点さえ除けば、食事しながらとか、酒飲みながらとか、マンガ読みながらとか、そういうスタイルでプレイできる。

 さらにデータについて。これまで不満だった音声の扱いがよくなっている点が好感触。どんなに声優の演技が凄くても、ノイズがのってしまうとそれはそのまま感情移入の妨げになってしまっている。メモオフシリーズ、Never7、Ever17とやってきてその点が大きな不満だったため、My Merry May(以降MMMay)での扱いはものすごく満足度が高い。この辺は、台詞表示と音声内容が(演出上)違っていたり、台詞表示のない音声のみの演出があったりする絡みから、強化されたのではないかと思う。
 また、キャラクタの立ち位置によるバストショット → 全身ショット表示という、演出システムがさらに進歩して、拡大、縮小、(それなりに自由度ある)スクロールアニメーション、そして、KIDシステム初の口パクアニメーション。演出システムが格段に進歩している。特にスクロールアニメーションがダイナミックで、拡大アニメーションと併用されて凄くスピード感のある演出が繰り返されている(縮小&スクロールは記憶にない)。また、使われている立ち絵の種類も豊富で、ポーズ数種類×服装分と豪華。ほとんどのキャラに涙目&泣き顔があるのも印象的。これだけ作り込まれている立ち絵が、アルバムモードで見る事が出来ないのが残念だ。

 ただ、その分データ容量が大きくなっているのか、頻繁にGD-ROMへのアクセスが入るため、どうもテンポが悪い。そのまったり感に慣れるまでは、これこそPCに移植して、潤沢なリソース使って快適にプレイ出来た方が良いんじゃないか、と強く思っていた。と望んでは見ても、ゲーム機である以上、どれだけチューニングしても超えられない壁(ハードウェアの制限)が存在するため、このあたり、豪華な演出と低速媒体へのアクセス回数は、トレードオフとなってくる。
 と言うわけで繰り返しプレイには、メッセージスキップシステムのような読み飛ばしの仕組みの重要度が増すのだが、これがまた、演出方面でのひねりをくわえていて、スゲェとしか言いようがない。具体的には、メッセージスキップモードに入ると画面中央に1/4サイズのウィンドウが現れ、『まいめりーめい』劇場という名目で立ち絵が専用のデフォルメ絵に、背景も簡潔に書かれたものが、イベント絵も縮小されて、そこに表示される様になる(背景とイベント絵は背後にも同時に表示される)。この『まいめりーめい』劇場の中でも、デフォルメ立ち絵で、拡大、縮小、立ち位置等々で演出が行われており、表示コスト(と音声再生コスト)を下げながらも、情報量をあまり下げずに済んでいる。見ているだけでどんなシーンだったか、を思い出す事が十分できる。

 あとは、いつものように、既読スキップ、既読、既選択の色分け、オートセーブ、ログ表示、ログ表示からの音声再生、スキップモードから操作を行わなければならない状態(スキップ中断、選択肢)になったときに効果音で知らせてくれる、VMに操作方法、或いは謎演出が延々と流される等々。

 と、システムだけでも楽しめるMMMayだが、シナリオはどうも振るわない。
 シナリオは大きく分けてレゥ、リース、みさおシナリオ、ひとえ/もとみ/たえシナリオに分かれている。これを、レプリスサイド(レゥ、リース、みさお)、人間サイド(ひとえ/もとみ/たえ)と分ける。基本的にレプリスサイドが本道で、人間サイドは人間サイドで独立しつつ、レプリスサイドに対していくつかの伏線を貼る、という構造になっている。そして、ここが重要なんだが、MMMayは、これ一本で完結した話ではない。そう考える(脳内補完する)と説明がつけやすいので、便宜上、MMMayは完結した話ではない、とする。

 KIDゲームの伝統にならって、オープニング順に対象を定めてプレイしていくと、最初は、レプリスサイド-レゥ/リースシナリオとなる。はっきり言って、この時点ではどちらもパンチ不足。『魂のない私があの人をすきになるのは罪なのでしょうか?』という台詞と、リース選択時の否定っぷりが、コンプするまで、その理由がはっきりしないからだ。この時点でこの二つの演出は、明らかに浮いている。

 次いで、人間サイドを総ナメする。部分部分で、レプリスサイドに対する演出や伏線が入るが、レプリス自体の事が表立って出てくる事はない。あくまでスパイス程度である。が、台詞の端々から水面下に消えたレプリスサイドの”臭い”がただよってくる。つまり、前にレプリスサイドを本道と言ったように、人間サイドはあくまでレプリスサイドを補完している話にすぎない。

 そして最後にレプリスサイド-みさおシナリオ。Cエンドは兎も角、Aエンドを見ると解るとおり、レゥ自身はもう失われてしまった事が解る。Aエンドを見てしまうとBエンドは蛇足に思えるが、Aエンドがあることによって感じるBエンドの偽物臭さが、この話には必要だと思う。B→Aと見る事の出来た人は幸運にして不幸だろう。

 そしてやっと、一番最初の、『魂のない~』と、リース否定の意味が分かってくる。書かれているそのまま、レゥは魂を持ってしまったレプリスであり、”代え”のいるリースとは根本的に違う存在、故に『完璧な模造品による虚構』ではダメなのだ、という事になる。

 ここまで説明できていても、しかしMMMayは完結した話ではない(単にそう思いたいだけかもしれないが)。なぜなら、恭介とみさおの、その先が安易に想像できてしまうからだ。そして、想像されるそれは、彼らがお互いを頼れるような、そんな関係ではない。むしろ、レゥを失ったことによって、みさおとの関係そのものも失われたのではないだろうか。僕には、それがある程度の形を持った関係であるとは思えなかったのだ。そして、レゥ2ndを空港に迎えに行った時点で知り得た、”寒気がするほど美しくて、心が温まるほどに残酷”な光景は、プロローグにしか思えない。新たなる話の、最初のイベントが始まったその瞬間にしか。

 そして、そのように考えると、タイトルにはみさおルートとなっているのに、実際はレゥの話であり、みさおはただの、しかし重要なキャストでしかあり得なくなる。失われてしまったレゥはそれ故に恭介にとっての心の穴となってしまい、だからこそみさおは(現時点で)恭介のパートナーにはなれないのだ。

 僕にとっては、その後の彼らの方が興味深い。おそらく彼らは、望んだものと、得たものを比べずにはいられない。その先にあるのは”怒り”だ。結局彼らは望んだものを得ることはできなかったのだから。そしてレゥ2ndも、その目的が『レゥであること』となっているのなら、おそらく、さほど時間をかけずにバラバラになるだろう。そしてその先がどうなるのか。彼らが、それでも生き続けるのか、生きることを止めてしまうのか。僕はそれが知りたい。
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