高い城の男

2004/07/06 記
 WW2で、枢軸側が勝利した世界。日本に支配されている敗戦国アメリカでは、一冊の本 ――枢軸側が敗れた世界を書いた本―― が流行っていた。けれど、そんなものはむなしい空想でしかない。世界は、ドイツと日本に分割統治され、そしてドイツは自らの手で、世界の黄昏を始めようとしていた、という話。

 この話、あまりSF的なガジェットは出てこないし、ディックお得意のタイムトリックもない。が、つまらない訳じゃない。ドイツの抱えている精神病的な気質や歪んだ日本文化、しかし出る杭にはなれない日本人の描写、只々、卑屈に生きるアメリカ人等々、どこにも行き着けない、狂気の様なモノとしか言いようのないなにかは健在だし、やはり皮肉も効いている。

 その中でも特に日本人高官、田上が"新しきアメリカの工芸品"から、なにかを得ようと色々な手段を講じるシーンに、恐ろしく引き込まれた。混乱、絶望、逃避、が延々と書かれ、田上の苦悩する姿がありありと浮かんでくる。この話一番の見せ所だ。結果、田上は決意を固め、それは間違っている、と声を大にして主張することになるのだが、このシーンがあったからこそ、そんな田上に肩入れしてしまう。

 そんな物語が行き着く先は、閉塞感に満ちた狂気の世界で、この辺はいつもの感じ。いつか世界はもっと酷いことになる。今できることは、もう何一つない。黄昏はいつ始まってもおかしくはないのだ。
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